お風呂で寝ちゃダメだよ〜
ここ最近の寒さは何なんだ。わたしゃ特に寒さに弱いのだ。ほんでもって今日はすごく疲れていた。
とゆうことで暖かいお風呂に入ってぬくもろう。
チャプン。
「くっあぁああああーー」極楽だねぇ。
湯船につかってゆっくりと目を閉じる。至福のひとときであった。
疲れていたのもあって、かなり湯船につかっていた様な気がする。てかこのままずーっと湯船につかっていたいよ。
ん?何かまぶしいぞ。
メチャクチャまぶしいぞ。
閉じてる目を射抜くような光が目の前になる。あんなまぶしいものは風呂場には無いのに、何なんだろう?
ゆっくりと目を開ける。目を開ける瞬間、なんか世界が変わった様な気もしたのだが。
ほんで目を開けると。そこには何も無かった。ただ蛇口が見えるだけだ。何かが反射しているわけでもなかった。
あれ?ひょっとして私ったら、今寝てた?
と、ゆうことで
お風呂で寝ちゃダメだよ〜。
参加してきました『2000人ギター弾き語り』
とゆうことで参加してきました『2000人ギター弾き語り』。
被災地に向けて『上を向いて歩こう』を大合唱する東日本大震災チャリティーイベントだ。
小雨交じりの中(雨男健在だね)会場に行くと、老若男女色んな人が集まっていた。
小さなお子さんが小型ギターぶら下げて「この子らはギター弾けないんですけどね。まあ形だけでも」みたいな家族やちょっと近寄りがたい方々や、まあいっぱいいる。
会場は、水族園にあるイルカショーのプールだった。そこの客席に集まってみんなでギターを弾くのだ。
どうせなら初心者の若いお姉ちゃんの隣に座って、「どれどれ、おぢさんが教えてあげようかね。グフフフフ」みたいなのを期待していた。のだが、入場者が増えるにつれて奥の方へ追いやられ、なぜか私の周りはおじさんおばさんばっかりになってしまった。
まあ、いいけどさ。
ちなみに、私がこの水族園に初めて来た事を知ると、隣のおばちゃんが「ようこそ!いらっしゃい!」と言ってくれた。
ありがとう!
さて、そんなこんなでいよいよ始まりです。
初心者もいるので、まずはコードの押さえ方から始まった。
最初のコードである『G』の押さえ方をレクチャーした後、みんなで一斉に「ジャラ〜ン」と弾いた。
私さぁ、クラシックの演奏会なんかで何台もの弦楽器が一斉に鳴る「ムワ〜ン」てな音が大好きなんだけど、ギターもこれだけの数になると同じような音がするんだね。
出来る事ならステージの方でこの音を聞きたかった。
とゆうことでいよいよ『上を向いて歩こう』の大合唱です。
オリジナルよりもだいぶスローテンポな、ある意味、包容力のある『上を向いて歩こう』です。
被災地の方々へ向け、私なりに、心を込めて…歌ったらいきなり涙声になっちゃったよ。
あたしゃ寄る年波で極端に涙もろくなってんだよこのままじゃ号泣しちゃうよだからってさめた感じで歌ったら意味ないよどうすんだよ。
とゆうことで、『元気いっぱい』を目指して歌わせて頂きました。所々涙声だけどもういいんだもん。
これだけの人達が一つの思いを込めて大合唱をする。すごく貴重な体験をさせて頂きました。
きっと被災地の皆さんにもこの思いは届くと思います。
そして、スタッフの皆さん。集まってくれた皆さん。ありがとうございました。
2000人ギター弾き語り
11月6日の日曜日に、神戸で『2000人ギター弾き語り』とゆう東日本大震災チャリティ企画がある。
2,000人の人が集まって、全員で坂本九さんの『上を向いて歩こう』をギターを弾いて大合唱するって企画だ。
阪神・淡路大震災で甚大な被害を受けた神戸が、こんなに元気になったんだよ。ここまで復興したんだよ。と、『復興を信じる力』を、被災地に向けて届けようってゆう趣旨だ。
当日の模様を撮影し、YouTubeを通じて被災地に届けるそうだ。
ちなみに、ギターを持って参加すれば参加費無料(募金はあるよ)。ギター初心者や弾けない人でも、当日にスタッフの人が指導してくれんで安心なんだって。
とゆうことで、私も参加する事にした。
http://2000.kobeamp.com ←『2000人ギター弾き語り』主催者さんのURLです。
いんじゃん ほい!
『いんじゃん ほい』
これは、東京弁で言う所の『ジャンケンポン』である。私の地域では『ジャンケン』のことを『いんじゃん』と言う。
ちなみに、『いんじゃん ほい』は簡略形である。気合いを入れてやる時はもっと長くなるのだ。ほんでメロディーまで付く。こんな感じだ。
『いーんじゃーん じゃーばすーけー ヨーロッパーでぇ ほい!』
である。
子供の頃は何の疑問も無くやっていたが、今見ると意味不明だ(^^)
ほんでこの『いんじゃん』。子供の頃は、大阪はもとより全国どこでもみんな『いんじゃん』だと思っていた。
所が、どうもこの『いんじゃん』は、大阪でも私が住んでる比較的狭い一帯での方言の様なのだ。
高校へ行った時に『いんじゃん ほい』ってやったら、
「なんじゃそら?『じゃいけん ほい』やんけ」って言われてしまった。
どうも大阪では『いんじゃん ほい』じゃなくて『じゃいけん ほい』の方が主流のようだ。
こっちとしては、『じゃいけん ほい』って何やねん。って感じだったが、いつしか主流に流されて、私も『じゃいけん ほい』と言ってしまっていた。
悲しい事である。こうやって少数派はどんどん駆逐されて行くのだ。
テレビやインターネットが普及している今、言語や風習はどんどん共通化して行くのだ。みーんな同じ同じになっちゃうのだ。悲しいけどなっちゃうのだ。
ところが!!こないだ近所を歩いてる時に子供たちがジャンケンをやっていた。
「いんじゃん ほい!」
お、おおおー!『いんじゃん』やんけ!!
おじさんは嬉しくなっちゃったよ。『いんじゃん』はまだすたれていなかったのだ。
少年たちよ、多数派に負けるんじゃないぞ!大きくなっても『いんじゃん』を貫き通してくれぇい!
おじさんも、おじさんも……頑張ろっと。
サッカーボールとモミの木
そこそこ長い夢だった。特に夢の前半部分は結構感動的なストーリーだった。…様な気がする。
そう、その大事な前半部分をスッカラカーンと忘れてしまったのだ。と言うか真ん中も忘れている。覚えているのは最後の方だけだ。
とゆうことで、少々意味不明な所もあろうかと思いますが、どうか読んで下され。
どこか洋風建築っぽい家だ。私はその家の中にいる。外の景色もヨーロッパぽい。とゆうことでここはヨーロッパのどこかの国だ。
その見知らぬ国の見知らぬ家で、私はえらく二枚目の西洋人男性と一緒にいる。その男性は、小汚なくて小さいサッカーボールを持っていた。
ただのサッカーボールではない!その小汚いサッカーボールには実に感動的な逸話があるのだ!てかどんな逸話だったかスッカラカーンと忘れているのだが。
そして彼は、その逸話まみれのサッカーボールを私に差し出した。
「さあ、このボールをあの窓めがけて蹴ってくれ!」
「あ、いや、だから…」
彼が指さした先には小さな窓がある。あの窓めがけて蹴れって事なんだが、窓から外に蹴り出せって事なんだが、私にそんな芸当は出来ないぞ。しかも窓の外には木の枝が二本出ていて行く手をさえぎっている。
もう一つ言うと、彼が望んでいるのは単に窓の外に蹴り出すだけではないのだ。窓を通り越して遠くの方まで蹴って欲しいと言うのだ。
遠くの方と言っても10mや20mではない。50kmぐらい先まで蹴り飛ばせと言うのだ。
あんたそりゃ人間業じゃないぞ。
「ボクはこの思いをほかの人達にも届けたいんだよ」
いや、それは分かるんだけどさぁ。
彼は、このサッカーボールに込められた思い(感動とか優しさとか思いやりとか)を、ほかの人達にも分け与え、共有したいと言っているのだ。
だけどさぁ、たんにこんな小汚いサッカーボールが放り込まれたってゴミだとしか思われないぞ。そうゆうのを伝えたいんだったら、逸話なりなんなりをボールに書き込んどかなきゃ分かってもらえないぞ。
「そうかぁー、サッカーボールだけじゃダメなんだな。よし分かった!ちょっと待っててくれ!」
お、お前、どこ行くねん!?
しばらくして彼は帰ってきた。大型トラックに乗って。
その荷台には巨大なモミの木が積まれていた。
「どうだぁー、このモミの木とセットなら分かるだろ!」
お前、このモミの木ってあの学校みたいな所に生えていたモミの木か?
たしかに、サッカーボールの逸話を語るにはこのモミの木は欠かせないけど、ってお前あれ引っこ抜いたのか!?
あのなぁ、お前の気持ちとか思いは素晴らしいんだけど、やってる事はメチャクチャだぞ。