アンリ・カルティエ=ブレッソン展
2006-04-26
このあいだ、アンリ・カルティエ=ブレッソンさんとゆうカメラマンの写真展を見に行ってきた。
この人は2004年に亡くなられた有名な写真家なのだが、私はこの人の写真をまともに見るのは初めてだった。しかも、展示されている写真の総数が、なんと411点!膨大な数だ。全部白黒のオリジナルプリントだ。いや見るのが大変大変。途中何回か休憩してしまったよ。
でも、それだけの価値は十分にあった。もう、すんばらしい写真の数々だった。私も写真が趣味だが、私の写真とは雲泥の差だ(って比べるのが間違ってるが)。
ほんで、その数ある写真の中でも、私が特に気に入った写真を二枚紹介しましょう!。
一枚は、スペインかどっかの写真なのだが、かなり昔の写真で、たぶん戦争中か終戦直後の写真だと思う。
壁に大砲かなんかで空いた大穴がある。丸くくり貫かれたようなその大穴から、向こうの景色を写した写真だ。まるでその穴が額縁のようだ。
額縁の向こうには、瓦礫の山の中で大勢の子供が遊んでいる。一番手前には松葉杖をついている子供がいる。そして、みんな笑っているのだ。しかも大笑いしている。お腹を抱えて笑ってる子供。抱きつきあってじゃれあってる子供。松葉杖の子供も笑っている。写真に写ってる子供たちが、それぞれに、みんながみんな、思いっきり笑っているのだ。
私は思う。悲惨な状況を悲惨に写すのは簡単なのだ。でも、悲惨な状態の中で、希望にあふれた写真を写すのはすごく難しいと思う。そして、私は、そんな希望にあふれた写真が大好きだ!
私は、この写真を一番長く眺めていた。眺めてるだけですごく嬉しくなってしまった。帰るときにもう一度戻って眺めてしまったよ。
そしてもう一枚は日本で写された写真だ。たぶん昭和三十年代だろう。被写体は、ポルノ映画の看板。
なんでやねん!数少ない日本の写真がポルノ看板かい!
ほんで、看板の前には二人の学生が写っていた。真逆の方向から歩いて来て、すれ違っている学生たちだ。その学生たちがちょうど交差する瞬間を写していた。ほんで学生たちは、申し合わせたかのように同じ角度で背中を丸めている。思いっきり丸めている。写真から学生の声が聞こえて来るようだ。
「ぼぼぼ僕はこんな映画になんか興味は無いんだな。たまたま通りがかっただけなんだな。ごごご誤解されるとヒジョーに心外なんだな」
私はこの写真を見たとき、思わず笑ってしまったよ。
ところで話は変わるが、私は写真が趣味なんだけど、距離計連動式とゆう古ぼけたタイプのカメラを使っている。ほんでこのタイプのカメラの構造上、明るいレンズを開放絞りで近距離のポートレートなんか撮った場合、どうしても日の丸写真になってしまうのだ。日の丸写真っていやあヘタクソ写真の代名詞だ。困ったもんだよ。
ある時、飯田鉄さんとゆうプロカメラマンの講演を聞きに行ったことがあるのだが、鉄さんも同じタイプのカメラを使っておられる。ほんで、どさくさに紛れて質問してみた。
「あのー、これこれこーで日の丸写真になってしまうんですが、どーすればいいでしょうか?」
すると鉄っちゃんは、笑顔でこう答えてくれた。
「私も日の丸写真です!!」
なんだなんだ、日の丸でもいいのか。気が楽になったよ。
さて、話は戻ってブレッソンさんである。ブレちゃんも同じタイプのカメラを使っているのだ。ほんで、写真展の中にはブレちゃんが写したポートレートも何点かあった。それを見てみると、
日の丸写真だ!
が、どれもこれも素晴らしい日の丸写真なのだ。不自然な所なんか微塵もない。私の日の丸写真とは雲泥の差だ。同じようなカメラを使っても同じような写真が撮れるわけではない。とゆう見本みたいなもんだね(だから比べる方がおかしいって)。
ホント大満足の写真展だった。そして、その写真展の中で、『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』とゆう映画の宣伝がしてあった。
とゆうものだ。これもぜひ見に行かなくては。
この人は2004年に亡くなられた有名な写真家なのだが、私はこの人の写真をまともに見るのは初めてだった。しかも、展示されている写真の総数が、なんと411点!膨大な数だ。全部白黒のオリジナルプリントだ。いや見るのが大変大変。途中何回か休憩してしまったよ。
でも、それだけの価値は十分にあった。もう、すんばらしい写真の数々だった。私も写真が趣味だが、私の写真とは雲泥の差だ(って比べるのが間違ってるが)。
ほんで、その数ある写真の中でも、私が特に気に入った写真を二枚紹介しましょう!。
一枚は、スペインかどっかの写真なのだが、かなり昔の写真で、たぶん戦争中か終戦直後の写真だと思う。
壁に大砲かなんかで空いた大穴がある。丸くくり貫かれたようなその大穴から、向こうの景色を写した写真だ。まるでその穴が額縁のようだ。
額縁の向こうには、瓦礫の山の中で大勢の子供が遊んでいる。一番手前には松葉杖をついている子供がいる。そして、みんな笑っているのだ。しかも大笑いしている。お腹を抱えて笑ってる子供。抱きつきあってじゃれあってる子供。松葉杖の子供も笑っている。写真に写ってる子供たちが、それぞれに、みんながみんな、思いっきり笑っているのだ。
私は思う。悲惨な状況を悲惨に写すのは簡単なのだ。でも、悲惨な状態の中で、希望にあふれた写真を写すのはすごく難しいと思う。そして、私は、そんな希望にあふれた写真が大好きだ!
私は、この写真を一番長く眺めていた。眺めてるだけですごく嬉しくなってしまった。帰るときにもう一度戻って眺めてしまったよ。
そしてもう一枚は日本で写された写真だ。たぶん昭和三十年代だろう。被写体は、ポルノ映画の看板。
なんでやねん!数少ない日本の写真がポルノ看板かい!
ほんで、看板の前には二人の学生が写っていた。真逆の方向から歩いて来て、すれ違っている学生たちだ。その学生たちがちょうど交差する瞬間を写していた。ほんで学生たちは、申し合わせたかのように同じ角度で背中を丸めている。思いっきり丸めている。写真から学生の声が聞こえて来るようだ。
「ぼぼぼ僕はこんな映画になんか興味は無いんだな。たまたま通りがかっただけなんだな。ごごご誤解されるとヒジョーに心外なんだな」
私はこの写真を見たとき、思わず笑ってしまったよ。
ところで話は変わるが、私は写真が趣味なんだけど、距離計連動式とゆう古ぼけたタイプのカメラを使っている。ほんでこのタイプのカメラの構造上、明るいレンズを開放絞りで近距離のポートレートなんか撮った場合、どうしても日の丸写真になってしまうのだ。日の丸写真っていやあヘタクソ写真の代名詞だ。困ったもんだよ。
ある時、飯田鉄さんとゆうプロカメラマンの講演を聞きに行ったことがあるのだが、鉄さんも同じタイプのカメラを使っておられる。ほんで、どさくさに紛れて質問してみた。
「あのー、これこれこーで日の丸写真になってしまうんですが、どーすればいいでしょうか?」
すると鉄っちゃんは、笑顔でこう答えてくれた。
「私も日の丸写真です!!」
なんだなんだ、日の丸でもいいのか。気が楽になったよ。
さて、話は戻ってブレッソンさんである。ブレちゃんも同じタイプのカメラを使っているのだ。ほんで、写真展の中にはブレちゃんが写したポートレートも何点かあった。それを見てみると、
日の丸写真だ!
が、どれもこれも素晴らしい日の丸写真なのだ。不自然な所なんか微塵もない。私の日の丸写真とは雲泥の差だ。同じようなカメラを使っても同じような写真が撮れるわけではない。とゆう見本みたいなもんだね(だから比べる方がおかしいって)。
ホント大満足の写真展だった。そして、その写真展の中で、『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』とゆう映画の宣伝がしてあった。
人前に顔をさらすのを嫌い、自身についてほとんど語ることのなかった偉大なる芸術家が、人生の最期に初めて、その半生と作品について語る。
映画は当時93歳のカルティエ=ブレッソン本人と、親交のあった写真家エリオット・アーウィットや昨年惜しくも亡くなった劇作家アーサー・ミラーなどの貴重なインタビューで構成されている。
とゆうものだ。これもぜひ見に行かなくては。
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